雇われ施設長『頑張るおっさん』が介護業界をつぶやく!

介護・福祉業界に25年以上身を置くおっさんの本音のつぶやきです(笑)

筋ジストロフィー・・・ヒロトの話

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今日はちょっと飲んだので、思い出話を書きたくなった『頑張るおっさん』です。

僕が24歳ぐらいの頃、障がい児と呼ばれる奴らと出会いました。僕は当時、専門学校に通っていて、その授業の一環で障がい児キャンプに参加したんです。たしか、7泊8日で、小学生から高校生までの障がい児と呼ばれる奴らが参加していたと思う。大規模な企画で、僕は高校生のグループに入り、そしてそのキャンプの後も、一部の奴らと遊ぶようになりました。

その中の一人に、筋ジストロフィーという疾患を患っている高校2年の男子がいたんです。ここでは、彼の名前を仮に「ヒロト」と呼びます(僕の大好きなブルーハーツヒロトに借りることにします:笑)。ヒロトはそのキャンプが大好きで、小学生のころから参加していて、彼自身はそのキャンプを「人生の生きがい」と言っていました。でも、ひろとの病状が悪化して、高校3年生の時、その最後のキャンプへの参加許可が、医師の判断で出ませんでした。

ヒロトのお父さんから、突然、僕に電話がきました。時々遊びに連れて行ってたからだと思います。お父さんは、「一緒にキャンプに参加できなくても、近くの宿にとまってキャンプの友達に会わせたい」、「ヒロトは自分の病状を知っているから、死んでもいいから最後にみんなに会わせたい」と。「キャンプ中に死ぬかもしれないし、そんな責任持てないっすよ」が僕の回答でした、でも・・・結局、僕はヒロトをつれて近くのホテルに泊まり、キャンプの日中活動に参加することにしたんです。当時運転していたワゴン車に自動体位変換するマットを積んで、信頼できるもう一人の仲間と一緒に2泊3日だけ。ヒロトはね、もう、本当に本当に喜んでました・・・夜中彼が眠ってるとき、体位交換しながら泣いたなあ・・・

ヒロトはその冬に死にました。その連絡を受けて病院に行ったとき、看護師さんは「とても穏やかな最後でしたよ」っていってくれました。その夏、勝負して良かったと今でも思います。

僕が今、こんなに福祉に一生懸命になれることに喜びを感じられるのは、ヒロトのおかげだと思うんです。どんな状況にあっても、障がいとかがあって、自分には何も出来ないと思うかもしれないけど、ただ一生懸命に生きることが人に勇気を与えるんだと思うんです。僕はヒロトのおかげで幸せになった・・・ありがとね、ヒロト

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